| 現実とはこんなもの | ||
| 【2008/03/29 23:22】 | ||
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海外の大学って、りんごかじりながら、草の上でお喋りしたりとか パーチィがあったりとか、ハイ、ボブ、今日の講義は難しかったわね そうだねキャシー。でも僕の意見としてはさ、オーストラリア経済はもっと こうあるべきだよ、とか、なんかこー、アカデミックで自由なイメージが あったのですが、ですがね、現実は 生きるか死ぬかの大バトル を毎回繰り広げる、リアルRPG でした。 会計の知識もないし、ここで絵が役に立つとも思えないし、 どうすりゃいいんだ と思っていたある日、経済の授業中に 需要と供給のグラフを必死でうつしておりましたら、忙しいっちゅーのに 隣の子が話し掛けてきました。 「ねぇねぇ、大学時代はどこで何勉強してたの?やっぱり会計だったの?」 (100回ぐらいは聞くし、聞かれる登竜門な質問)に対して 「日本で美術。絵描いてたの」というと、まぁたいがいは 「へぇそれは面白いねぇ」とか「絵は具体的に何を専攻してたの?」とかいう 質問が返ってくるので、今回もそう来るだろうと思いながら、 グラフ製作に集中しておりましたら、 「え――――っいいなぁ・・・って事はさぁ、グラフがさぁ、そりゃもう んもう超キッレイにかけるって事だよねぇ〜!」と ため息混じりに返答してきました。 ・・・何の話をしてるんだ?と思いながら、その子のノートを覗き込んだら ミミズの喧嘩みたいな絵が描いてある。 ……………なんだこれ、ロールシャッハテストか? そういや前にTVで見た、アル中患者の描いたあちらの世界が こんな感じだったような気がしない事もない。 しかしなんというか、人を不快にさせる絵だなコレは そもそも絵なのかもわからないけど、何だこりゃ その芸術的な絵を仰視すること1.5秒、 絵の横に、申し訳なさそうに 「需要と供給」ってメモがきが。 … … … これグラフだったのか! うっわー、こいつ下手く・・・いやいや、大変個性的なグラフですね。 グラフに個性が必要なのかは疑問ですが、と思っていると、 「私さぁ、金融関係で大学出て、経済も取ってたんだけど・・・私の大学は グラフ関係は絶対に手書きじゃなくちゃいけなくってさ・・私どうしてかわからないんだけど 絵が下手で、絵が下手で落第したの。経済学部なのに。 今回も手書きのグラフ提出があったら・・・私どうしよう・・ハァ・・・」と 隣で暗雲がたちこめてきてしまいました。 「も、もし良かったら、わ、わたしが描くけど?・・ってかなんというか 線を斜めに引くだけなんですが・・・」というと 「ほ、本当に?わ、私のグラフ書いてくれる?」と、まるでクララが立った勢いで 喜んでくれ経済学部のハイジ。 芸は身を助けるんですな。そして、人間みんな向き不向きがあるんですな。 そのヘタク…いえ芸術的なグラフを見ながら、しみじみと思いました。 そんなに頭が良い生徒でも、自分の想像を越えたところに 度肝を抜かれるような悩みがあるんですな。 |
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| ちんぷんかんぷん 2 | ||
| 【2008/03/29 23:06】 | ||
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そんな事があった午後、重たい教科書を持って、えっちらおっちら帰ろうとしたその時、 大学エレベーターを降りたところで、でかいアジア人の女の子に腕をつかまれました。 な、会計もわからないうちに強盗かよ!教科書狩りか?新手の強盗なのか? か、金ならないデス!アイハブ ノー マニ― と思った瞬間、 「ねぇ、その教科書、会計の新入生でしょ??」と声が聞えてきました。 今度は私が ? と顔をしていると、そのデカイ女の子が、 これまたゆっくりな英語で、 「じ、実は私も新入生で、あ、私は中国から来たんだけど、もう 私さっぱり全然まったくこれっぽっちも授業わからないの!!」 どうしよう〜、と半泣きで訴えかけてきました。 ・・・あれ?なんか似たような事なかったか今日? 「だ、ダイジョブ、私もさっぱりわからないから。あ、私は日本人だけど」と言うと 一瞬ピタっと止まって、何を言い出すのかと思ったら 「日本人が難しいなんてぇ〜。やっぱり私には無理だぁ〜」とのたうちまわられました。 ・・・日本人の、遥か遠い誰か私の知らないどこかの留学生達は よ ほ ど 会計が出来たのであろうな・・・ そしてこのがっかりされよう・・・ 頑張れヒヨコ組! |
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| ちんぷんかんぷん | ||
| 【2008/03/29 23:02】 | ||
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ちんぷんかんぷん って何語なんでしょうか。 しかし、この響き、本当にちんぷんかんぷんな時に思い出すと 「あー、私今まさに チンプンカンプン って感じだな」と思える、素晴らしき単語です。 簿記の授業が始まった頃、あまりの授業の難しさに (・д・) となりまして、 思い切って、お隣の人に話し掛けてみた事がありました。 長い金髪を上でまとめて、眼鏡をくいくいしながら、カーディガンをはおるその子は まさに「できる生徒」って感じだったからです。 一撃で「こんな簡単な問題、わからないなんて本気?」とか言われたら、明日日本に帰ろう。 そうしよう、深呼吸だ。頑張れタカミ、こういうのはタイミングだよ、「はろー」 「私、日本から来て、会計の勉強初めてなんだけど、ここと、ここが、さっぱりわからないの もしよかったら、教えて?」 なるべく簡単に、シンプルにわかりやすーく質問したはずなのに、あからさまに ?って顔されました!お母さん!どうしましょうか!? 「えーとですね、ここと、ここが・・・」追い討ちで、もう一回質問しようとしたその時、 「え?何?貴方日本から来たの?」 どえりゃー速さで回答が来ました。ってそこですか?日本?ですか? 「うん。日本人だよ」 「ちょ、私日本人はすごい会計が得意って聞いてたけど、何?貴方もわからないの? やだーもう、超私安心しちゃった〜。あー、そうなの。なーんだ。 実は私もさっぱり全然まったくこれっぽっちもわからないのよ! AHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」 AHAHAHAHAHAHAっておい!お前もわからないのかよ! 後半へ続く |
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| トイレの花子さん | ||
| 【2008/03/25 20:56】 | ||
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法律のレポートを受け取った後、とりあえずおトイレに行って、 しばらくお便器の上でボ――――――――――っとしてました。 その法律のレポートは、友達と散々話し合ってやった、 結構自信のあった一品だったからです。 い、いかん、また泣けてきた… 私の魂が半分天に還ろうとしているその時、隣のトイレにも誰か入ってきました。 レポートをにぎりしめながらも (いかんいかん、ここはトイレが2個しかない階だった。授業が終わると混むから 早く出なきゃな。いかんいかん。こんなとこでトイレ占領しててもアレだし、出るかな)と思ったその時 隣のトイレから何やら物音が聞えてきます・・・ いや、人様の物音聞いてる場合じゃないってヲイ、 隣の人超泣いてますがな しかもえらい勢いで。 マジか!と思って出て見ると ちょうど隣の花子さんも出てきました。 2人で泣きながら目をあわせて5秒間後 えへへ って感じで笑っちゃったよ。 大変なのは自分だけじゃないんだね。 みんなヒヨコなんでした。 |
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| 経済の戦い | ||
| 【2008/03/10 21:57】 | ||
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いるじゃん・・ 身近にこともあろうに経済学部を出た助っ人が!! 経済の成績は、中間試験と期末試験の他に、マクロ経済とミクロ経済のレポート の合計点で出されます。 つまり、中間がたとえ1ケタでも、レポートと期末試験の結果がよければ ぜんっぜん問題ナシ という事になるんですな。もう全然ね。 そして・・いたよ経済学部経済学科の人!おねえちゃん。マホちゃん。 もうこりゃレポートもらったね。さて電話電話。国際電話。 「あーもしもし、お姉ちゃん、ちょっと助けて欲しい事があるんだけど・・ 今度マクロ経済とミクロ経済のレポートがあってさぁ」 「 」 「あれ?もしもーし、聞いてる?今度ね、マクロ経済と・・」 「あ―――――、ごめん、しらーん」 (・д・) 「ちょー、お姉ちゃん、経済学部出たんでしょ?可愛い妹のピンチなんだって」 「いやさー、私も助けてあげたいんだけどさ、私経済の基礎の課題、4年間 落としまくったんだよね。経済学部のくせに。あっはっは」 (・д・) ってかお姉ちゃん、貴方そんな事ひとっことも言ってなかったじゃないですか! なんか推薦とかで入って、結構成績良かったって、風の噂で(身内のくせに) 聞いたんですけど、え、ガセ?ガセ情報? 「だからグラフとか書かなきゃいけないんだって、やったでしょ、需要と供給が どうのとか、国内総生産がどうのとか」 「 」 「いや、ですから思い出しましょうよ〜、ってか経済学部経済学科って!!」 「えー、だって、経済嫌いなんだもん」 血だぁ。血だぁ。血なんだよぉ |
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| 奇跡の価値は | ||
| 【2008/03/10 21:13】 | ||
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経済で最下位をとったその頃、(去年の年末ぐらい)は、課題ラッシュで、 同時進行で法律のレポートなぞもこなさなきゃいけませんでした。 大学進学の学校時代のレポートが、たかだか300文字だの500文字だの 言ってたのに比べ、いきなりの3000文字。 10倍ですが何か。 法律の ほ の字もわかんねぇ ってのに、やれ契約違反何条のどの法令に だの、 これは法人法律のどのケースだの と、追い詰めれた鼠(達)は、そらもー一生懸命 課題こなしましたよ。ええ、こなしましたよ。 そろそろレポートの結果が出る って頃に、法律の先生が私の机に来て、 「タカミ、今回はどうしたんだ?」と聞いてきました。 みんな ? って感じで見ています。 きたか・・・きたかきたかきたか?ついにきたか? 良い点数取ったんじゃないのか私!? もりあがる緊張。頭の中にこだまする「結果はあとからついて来る」の文字。 これは・・・もらった・・ 日ごろから逆転裁判をやりこんで、刑事モノのドラマをたしなんでいた甲斐もあろうというもの。 先生じきじきの御指名。これは頂きましたわ。 そう確信し、心躍る覚悟で結果を受け取ると ビケ。 ノォ――― |
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| 最初の授業 | ||
| 【2008/03/10 19:27】 | ||
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さっぱりわからんかった。 もう、先生が何の話をして、何の説明をして、そして先生が時折かます小粋なジョークに みんなが何で笑っているのか、もう全部、2時間まるまる、 さっぱりわかんない。 いかん・・・オラどえらい事しちまった。本当にさっぱりわからん・・ 教科書は死ぬほど重いし(ご自宅にあるタウンページが、通常の教科書の大きさと重さ と思って下さい。)何言ってるか微塵もわかんないし、きっと最初の学期、全部落として なきながら日本に帰るんだろうな私・・・山も登った事がないのに、いきなりエベレストだよ。 とまぁ、最初はクラスの人数を増やすだけのお荷物でした。 そして、忘れもしない、人生最初の経済の中間テスト、 死ぬほど勉強しました。寝る間も惜しんで、毎日マクロ経済やら ミクロ経済やら、需要曲線やら何やら。そして、人生初の経済のテストが 学 年 最 下 位 OTL 泣きながら(また泣いてる)、友達の横で、学校だっちゅーのにYOU TUBE なぞ見ながら 泣いていると、またその子もやっぱり留学生で、一生懸命やってるのにダメな子で 「今日はずっと泣いてていいよ。その気持ちはすごいわかるから」と、ガムくれたりします。 ケイゴに電話してまた泣いてると、「結果は後から来るもんだから」と言ってくれます。 本当に来るのか結果。いつ来るんだ結果。 先の見えない結果を待ちながら、また経済。 |
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| 才能 | ||
| 【2008/03/10 02:32】 | ||
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なんでまー、突然更新したのか、といいますと、 確かにオーストラリアの(他の国は知らないんですけど)、大学院は 死ぬほど頑張れば、入れる事は出来る事はわかりました。 問題は、その後。 はたして授業についていかれるのか、どうか。 これを更新しているという事は、最初の学期(セミスター)の 試験の結果がさっき出た って事なんですな。 つまり、正直な所 大学院についていかれなかったら、全部内緒で日本に帰っちゃえ って思ってました。それぐらい 授業内容がアホみたいに難しい。 今回取ったのは、4単位。卒業までの単位は12単位。 Financial Accounting (簿記) Finance Principle (金融) Legal Environment (法律) Asian Economic (経済) ええっ、もう1日8時間以上勉強しましたっ。 一生に一回あるかないかの勉強量でした。 だってみんな会計わかってる奴が来てるんだもん(あたり前) で、 簿記、法律、経済 受かった!! そして 金融が2点足りなくて落ちました… 年収一千万円の道は遥か遠い・・・ |
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| 目指せ年収一千万円への長い道のり | ||
| 【2008/03/10 02:12】 | ||
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「血だねぇ〜」 私が結局会計を選考するってなった時の、うちのお母さんの言葉。 うちは姉ちゃんお母さんもバリバリの芸術大好き家族のくせに、 2人とも仕事は経理、という(笑) 遺伝子に組み込まれた何かに、私もさからえず ってのは大げさですが、とにかく あんまりビックリされなかった・・・ 「おかーさま、会計を学ぶという事は、どういう事でしょうか」と聞きますと 「会計を学ぶという事は、お金に騙されなくなる事」とビシッとかえってきました。そして 「簿記の勉強は、勉強してる時は死ぬほどつまんないけど、会社に入ったら面白いから。」 とも。 つまり、やっぱり我が家は働くのが好きなんだな。 ずっと待たせてるケイゴに申し訳ないので 「将来会計士になって、年収一千万になる予定なので、待ってて下さい」 と言って見る。でも帰って来い って言われたら帰ります。 大阪芸大の成績証明証と卒業証明を英文で送ってもらいました。 こう見ると結構立派なもんだ。 そうやって、ワーホリで来てから1年と4ヶ月後、大学院生になったのです。 2007年の11月に入学しました。 そしてその1年と4ヶ月、しんどい時期は絵を描いていました。 でもほとんどの絵は友達にあげたり、クリスマスカードだったり、 中華料理屋のメニューだったり、 先生の似顔絵だったり、今は全然手元にないです。 誰かに何かを描いて、ほんで喜んでもらえる度に、 あー私は絵を描くのが好きなんだなーとしみじみ思いました。 神様、ほんの少しの絵心を有難うございます。 いつか毎日絵が描ける生活をする為に。 |
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| 幼稚園から大学院 | ||
| 【2008/03/10 01:57】 | ||
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まず、死ぬほど喜んでくれたのがホストママ。 英語もろくに出来なかった子が、大学院に受かったんだもんねぇ。 「今日から大学院生ね」と言ってくれたのが印象的でした。 それまで私はただの「英語学校に行ってる日本人」だったから。 次に中華料理屋。 大学の学費を負担してくれるとまで言ってくれました。大丈夫です。 身分が変わったら、給料も上がったよ(笑) なにより 今まで手が届かなかった事に手が届くようになったのが嬉しい。 専攻を決めなきゃいけないんだけど、最後までずうずうしく 「弁護士か翻訳家にしよう。金になりそうだ」と思ってました。 書類通らなかったけど。 次に興味のあったのが、なんつったって「会計士」。 人の金勘定して金儲けできるなんてしびれます。 でも最後まで悩んで、やっぱり美術関係に行こうか悩んだ。 海外の大学で勉強できる最後のチャンスに、 はたして絵を描かなくていいんだろうか。 学芸員の勉強を海外で出来るチャンスでもある。 専攻を決めるまで、厨房でジャガイモなど剥きながら、 何を勉強するかバイト仲間と話していると 「タカミのバチャラー(大学の時の専攻)は何?」と聞いてきます。 「うーん、美大で版画。今迷ってるんだよねぇ。こっちで何勉強するか」 「それって、こっちでも美術に行くって事?」 「そうそう。学芸員もう一回勉強したり。アボリジニアートにも興味あるし」 「それじゃなかったら?違う科目取るの?」 「会計にも興味あるけど、なんつーか、全然まったくアートじゃないからねぇ」 そういうと、そのバイトの子(国際ビジネス専攻中) 「何言ってるの?経済は本当に面白いよ。会計だって一種のアートだよ。 数学は人間が作り出した紙面のアートなんだって。だってタカミのいう所の芸術は ゼロから何かを生み出す芸術でしょ?でも会計は全てをイコールにする芸術なんだよ。」 まぁ彼女は国際ビジネスの他にも、心理うんにゃら学科に所属していまして 紙一重な所もあったんですけど、会計がアートっていう考えに結構びっくりしまして。 なるほどね、と思ったのであります。 |
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| 最後のクラス | ||
| 【2008/03/10 01:27】 | ||
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最後の10週間、正直なところあんまし覚えてないっす。 しんどくって。 そんな事はいつか書きます ので省略。 最後はレポート(1500文字)が2つぐらいと(曖昧) あとプレゼンテーションと、テストとかだった気がします。 そんな事誰も興味ないと思うので省略。 まー、何が言いたいかって、よく日本で言うじゃないですか 「あれでしょ、海外の大学って、入るの簡単で、出るのが難しいって」 入るのも出るのも死ぬほど難しいわ。 誰だ、こんな事最初に言い出した奴は。前に出ろい。 このACLの最後の合計点、65点を取らないと不合格です。 最後の最後の最後、各自の点数を書いた小さな紙切れを渡されます。 この30週間、約8ヶ月、友達というか「戦友」と一緒に「せーの」であけました。 私の点数は「66点」。 いやー、泣いた。泣いた泣いた。泣いたよ。 ちなみに、この8ヶ月間、ほんっっっとーによく泣きました。 ずいぶんブログを省略してますけど、 この8ヶ月間、自分はこんな事をこの国でしてて何になるんだと 3万回ぐらい思いました。 卒業なんか出来ないんじゃないか、 大学院にいったって何も変わらないんじゃないか、 でも 行かないとわからない事を、 行きもしないで諦めるのはもっとバカらしい かもしれない。 そして行かないとわからない事もある たぶん。 卒業後、例の法人雑誌にちょこっと載りました(笑) 頑張ってみるもんだ。 |
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| レベル、一番下より | ||
| 【2008/03/09 23:18】 | ||
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この時点で、大学に行きたいとか、大学院に行けるとか 何の科目を専攻したいとか、何を勉強しようかな とか そういう希望はゼロでした。 だって最低でも8ヶ月かかるんだよ?8ヶ月間、 ひ た す ら英語だよ。 土日なし。自由時間ゼロ。その上仕事もある。 正直な所「この学校に入れただけでいいや」的な考えがありました。 多分この学校を出たら、それなりに英語の自信もつくし、もう8ヵ月後に考えりゃいいや と。 ほんでビザはワーホリからフルタイムの学生に。 その学校・・・ 死ぬほど厳しかった・・・ 毎週のレポート提出、プレゼンテーション、出席率、先生も厳しい先生だった・・・ 特に私を死ぬほど苦しめたのがこの「レポート」。毎週毎週毎週毎週、 月月火水木金金の勢いの宿題。容赦ない採点。やめてく友達達。 レベルは3段階(各10週)。10週ごとにテストがあって、 クリアすると次のレベルに行ける仕組み。 最後のDiploma というレベルをクリアすると、IELTS6.5点と同様の実力、 とみなされて、大学院に行ける、というシステムです。(大学なら6点) あまりに単調でしんどい日々だった訳で、こんな日々をブログにするのもやになるぐらい 授業はアレな感じでしたが、何にせよ私を救ってくれたのは、タイ人の友達。 だってなんだか知らないけど、私のクラスは 「え?ここバンコクだったっけ?」ってぐらい、タイ人だらけでありました。 あの頃は毎日みんなでタイ料理食って泣いてたなぁ。しんどくて。 |
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| ワーホリから 学生へ 3 | ||
| 【2008/03/09 23:10】 | ||
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無理。絶対むり。 「もう絶対無理ですぅ〜」とバイトに帰ってくると、 バイト仲間が超笑ってむかえてくれました。 「大丈夫、大丈夫、英語なんか簡単簡単。みんな最初は出来ないんだって」 「でも読み書きが出来ないんだもん〜テストも全然出来なかったよ〜 私アホだし。物覚え悪いし。そもそも高校の頃だって(略)」 「読み書き、教えてアゲルから。スピーキングはお客さんで練習して。 読みは新聞とテレビで、書きはみんなで教えてあげるから。絶対ダイジョブ」 絶対大丈夫。 今から考えると、なんでまたみんなそんなに親切なのか不思議なぐらいだったけど、 英語って、ちょっと出来ると、出来ない人に教えたくなるもんなのよ(笑) その日から4ヶ月、バスで新聞を読みながらラジオを聞いて、 お客さんと話しながら喋りを練習。 バイトの子が(現役マッコーリ大学生)書きを教えてくれて、 何よりも、すぐ無くなる私の「やる気」を持続させてくれました。 ホストファミリーにいたのが、何よりも救いだったけど。 土日は「勉強できる図書館」を教えてくれました。 図書館カードを作って、とにかく「書き」の練習。 採点はバイトの子と、ホストママが苦い顔でしてくれました。 今から考えると、相当ひどかった。ありゃひどかった。 でもみんな協力してくれたなぁ。有難う。 4ヵ月後、ACL(大学進学の英語学校)のEAP(大学進学コース)に、見事合格。 |
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| ワーホリから学生へ 2 | ||
| 【2008/03/09 22:59】 | ||
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大学院で勉強する?この私が? 小学校の時に算数の成績が悪くて親を呼ばれた私が? 英語で?高校の時、英語の先生に職員室に呼ばれて 「やる気あるのか?」って言われたのに? (数学の先生には出てけって言われたなぁ。 授業中漫画読んでて投げられたりしたなぁ。 保健室行ってたら「姑息な手を使うな」って言われたりしたなぁ) 無理。 成績、悪いから大学も行かなかったのに?専門学校中退してるし。大学は通信だけど。 無理でしょう大学院。でも、無理じゃなかったら? 次の日、大学入学に何が必要なのだけ代理店に聞きに行ってみると、 まずIELTS(英語力のテスト)が絶対必須との事。 大学なら6。大学院なら6.5。これ、意味はですね。 6.5→ネィティブレベル 無理。 人生には出来る事と出来ない事があるんだって。 無理無理。いくら私がちょっと頑張りやでも無理。 代理店によると、もう一つ方法があって、IELTSと同様のレベルの英語力があると 診断されれば、大学入学も不可能ではない、との事。 つまり大学付属の英語学校に入って、 ひ た す ら 英語の勉強をして、 試験に合格すれば、入学が認められるとの事。 (ただしこの学校に入学するのも試験がある) 出来るか・・・? そしてその勢いで、とりあえず付属学校の入学試験だけを受けてみるも 当然不合格。 「貴方の英語力は幼稚園レベルです」と来た。 「じゃあ、じゃあどうすればいいんですか!?」と聞いたら 「その付属の学校に入る為にも、貴方の英語力じゃ半年はかかります。 もしかしたら半年以上。それから付属の学校に行っても、 大学に行ける保障はありません 勉強して、また来て下さい」 そもそも いいじゃん美大出たんだし。絵が描けてそれでいいじゃんねぇ。 今だって描いてるんだし、そのまま描いてればいいじゃん。 でも、もし自分にそれ以外の事も出来るなら、何がしたい? 無理無理、出来ないって。日本に帰ってケイゴのお嫁さんにあるのがいいよ。 でももし、お嫁さんになったときに、何か出来る事があったら? そうえいば、うちはずっと両親共働きだったなぁ。 頭の中で、小さい自分が小さい自分と戦います。 劣等感だらけの過去の自分が、未来の自分と戦います。 |
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| ワーホリから学生へ 1 | ||
| 【2008/03/09 22:44】 | ||
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日本のみなさん、こんにちは。 全然帰ってこないタカミです。 今日は少し長いブログだす。 私は2006年、7月にワーホリでこっちに来ました。 ほんで貧乏なんで、すぐに中華料理屋でバイトを始めました。 そこで私が目にしたのは、移民の現実でした。 ご存知でしょうか、オーストラリアで生活するビザを取るには、 どの国から来たかによって条件が違います。 例えば日本は「レベル1」。英語が出来なかろーが、なんだろーが 学生やワーホリビザは結構簡単にくれます。 逆に中国は「レベル4」。こちらで「学生」になるだけでも 語学力やら何やらの、相当厳しい条件がつきます。 つまり、中国である程度の成績を収めてこないと こちらで学生になるのは難しい、という事なんですな。 中華料理屋のバイトはみんな学生。働いて勉強して働いて、働いて働いて 勉強して。とにかく働き者で勉強家で、しかも優しい人達でした。 最初の3ヶ月間のワーホリの間、とにかく英語の勉強の為にと始めたバイトでしたが そこで教えられたものは大きかった気がします。 「タカミは何故英語を勉強スル?何か勉強したい事があるノカ?」 「いや特に。英語少し話せるようになって、なんか仕事の役に立てばいいかなーと。 あ、あとは趣味で絵が描ければいいです。絵が好きなんで。」 「お前はアホか。そんな気持ちじゃ何の役にも立たない。そもそも英語が話せたぐらいじゃ 仕事にすらならない。仕事をしたいなら、その前に勉強をしろ。仕事のための勉強を英語でするんだよ。趣味で絵を描きたいなら、まず仕事をしなさい。絵が好きならなおさら。」 「でもお金もないし時間も・・・」 「言い訳するな。お金も時間も、勉強したいなら自分で作れ。もし作れないなら、ちゃんと協力するから」 中華料理屋さんは、貧乏で頭の悪い私に本当によくしてくれました。 今は父親がいない事、大学を通信で出た事、貯金ギリギリで来てる事、全部話しているうちに 店長が通信の大学の卒業単位について聞いてきました。 「その単位は、大学卒業になるんだろ?」 「なると思います。たぶん」 「じゃあなんでこっちでも大学に行かない?日本の大学の単位があるのに」 「いや、私には無理です。バカだし」 「バカじゃないよ。金なら協力するから、勉強しなよ。勿体無いよ。折角海外に来て、英語も 勉強して、仕事もしてるのに、仕事の勉強をしないなんて」 あたり前ですけど、中華料理屋のバイトはみんな学生でした。 (中国はワーホリ制度がないので、こっちに来てる若い子はみんな学生) 店長がそのうちの一人を呼んで、「こいつもアホだから、何でも聞くといいよ」と言います。 「えーと、こっちで大学に行ったら、何か変わりますかね」 と、その中国人の子が間髪いれずに 「人生が変わるよ」と言ったのです。 |
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